27歳で躁うつ病を患い、這う這うの体で生きて50歳になった。
その間、恥も外聞も置き捨てて、必死で我慢我慢の日々だった。
体調が戻ってきたころ、新たな目標が欲しくなった。
人生を充実させるためである。
目標を持てば人生が充実すると信じているわけではない。
でも、このまま人生を終わるには嫌だった。
目的もなく生きるのは、無意味に生きているようだと思う。
「何のために生きているのか?」
という問いに、自分なりの答えが欲しかったのだ。
仕事の為に生きるのは、自分の場合当てはまらない。
何かピンとこない。
家族の為にというのも、独身だし現在家族も欲しくない。
彼女も欲しくない。
趣味も少しやるが、本気で楽しめない。
「人生そんなものだよ」ともいえる。
そうかもしれない。
でも、自分なりの成功がしたい。
成功の定義は人それぞれだ。
今後自分なりの成功が見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。
願わくば、50歳でも残り少ない情熱を傾けられる対象が欲しい。
その状態こそが「自分なりの成功」している状態だと思うんだよな。
世間の人は金持ちになりたがる。自分もそうだ。
でもそれは何等かの行為の結果物であって、その行為が面白い・楽しければ最中が一番幸せだ。
言う事は簡単だが熱中できる行為がそうそう簡単に見つかるものではないが、原理としてはそうだ、と思っている。
それでは。